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687/1000 奇跡は、切羽の先に 

2025/10/04
687/1000 奇跡は、切羽の先に 

こんな話を聴いた。

苦難というのは、「我よし」の是正であると。

「我よし」とは、わがままのこと。

自分の思い通りにしたい、自分が楽をしたい、認められたい——。

そんな思いが心の奥に積もると、いつしか私たちは、自分の都合でしか世界を見られなくなる。

その我を正そうとする働きこそが、苦難だと思う。

人は、苦しみから逃れたいと願う。

けれど、苦難は“罰”ではない。むしろ、“磨き”だ。

その中で「このままではいけない」と心の底から願ったとき、

奇跡は静かに起きはじめる。

奇跡とは、外から舞い降りるものではなく、

内から湧き上がる「変わろうとする力」なのだ。

人は切羽詰まらなければ、本気になれない。

刀の付け根にある“切羽(せっぱ)”は、刃と柄をつなぐ小さな金具。

ここが詰まりすぎると、刀は抜けない。

人もまた、思い込みや我が強すぎると、動けなくなる。

ほんの少しの“遊び”余白があるからこそ、刀は抜け、心も動く。

余白とは、他人を思いやるスペースであり、自分を省みる静けさでもある。

奇跡がなかなか起きないのは、

私たちがその余白を失ってしまうからだ。

我を手放し、心の純度が高まるとき、

世界はそっとこちらに歩み寄ってくる。

その瞬間を人は“奇跡”と呼ぶのだろう。

奇跡は遠くの出来事ではない。

それは、切羽の先——

我を削ぎ落とし、心に余白を残したその静かな瞬間にこそ、

確かに息づいている。

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