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ゴミというものは、いっしょくたに語られがちだが、実にいろいろなことを教えてくれる。
この時期は、鼻をかんだティッシュが多い。花粉の季節だとわかる。
そして今は、引越しゴミのピークでもある。
卒業式も終わったのだろう。
山形大学の学生らしい若者たちが、次々とゴミを持ち込んでくる。
使い込まれた家電や、少しだけくたびれた家具。
数年分の暮らしが、軽トラックの荷台に積まれている。
終わりと始まりが、同時にやってくる季節だ。
では、もうすぐやってくる運動会の季節は、何が教えてくれるのか。
それは、湿布のセロファンだ。
子どもは貼らないだろうから、にわかに頑張ったお父さんの姿が思い浮かぶ。
普段は走らないのに、リレーではつい本気になってしまう。
翌朝、足に違和感を覚えながら、苦笑いで湿布を貼る。
その証拠が、ゴミ袋の中にそっと残る。
学生たちの引越しゴミが「別れ」を運び、
湿布のセロファンが「奮闘」を伝える。
どちらも、ほんの一瞬の出来事なのに、
ゴミはそれをきちんと受け止めている。
誰にも気づかれないかもしれないが、
確かにそこには、人の暮らしがある。
そんな季節が、またやってくる。
ゴミは偉いのだ。
人生というのは、なかなか面白い。
先日、妻がふと
「なんか当たる気がするんだよね」
と言い出して、人生で初めて宝くじを買ってみた。バレンタインジャンボ。
正直、ほとんど期待はしていなかった。
ところが昨日、結果が発表されて、何気なく確認してみると——
3等、五万円。
思わず二度見した。
ありがたいな、と素直に思う。
…と、ここまではよかったのだけれど。
同じ日、もう一つの知らせが入る。
娘がインフルエンザB型。
友人と楽しみにしていた卒業旅行。
それが、まさかの延期(キャンセル手続きの嵐)。
五万円の当たりと、旅行の延期。
こういう時に思い出す言葉がある。
禍福は糾える縄の如し。
そして人間万事塞翁が馬。
良いか悪いかは、今はまだ分からない。
どちらも、途中の出来事だ。
裏も表も、全部ひっくるめて人生。
私には
「賛成の反対なのだ。」
という、バカボンのパパの名言がしっくりくる。
昨日は久しぶりにお墓参りに行ってきた。
以前は月に一度は行くようにしていたのだが、昨年、庄内でも熊の出没が話題になってからというもの、つい足が遠のいてしまっていた。
もし出くわしたらどうしよう。
そんな理由をつけて、気がつけば半年も経っていた。
久しぶりのお墓は、特に変わった様子もなく、静かにそこにあった。
花を供え、手を合わせる。
たいしたことはしていないのに、不思議と心が少し整う。
やっぱり、こういう時間は大切なのだと思う。
その足で、クローゼットの整理もしてみた。
季節の変わり目ということもあり、薄手のコートやレザーバッグなど、最近出番の少なくなったものをまとめてリユースショップへ持ち込んだ。
結果は、およそ二万円。
思ったよりいい値段がついた。クローゼットの中もすっきりして、ちょっとしたお小遣いまで生まれるのだから悪くない。
季節の変わり目にリユースショップを活用するのは、なかなか良い方法だと思う。
減らした分、新しいアイテムとも出会える。ということで、吟味に吟味して、新しいブリーフケースを買うことにした。
物は増やすだけでは、暮らしは重くなる。
ときどき減らして、風を通す。
そうすると、不思議と次の出会いも入ってくる。
半年ぶりのお墓参りと、クローゼットの整理。
やったことはどちらも「少し整える」ということなのかもしれない。
春は、そんな小さな入れ替えをするには、ちょうどいい季節だ。
人は歳を重ねると丸くなる、と言う。
自分はどうだろうかと考えてみる。
プライドがなくなったかというと、きっとそんなことはない。
量は昔と同じなのだと思う。
ただ、扱い方が少し変わった気はしている。
昔は小さな鍋で煮ていたから、
すぐに煮立ってしまった。
今は少し大きな鍋になったのかもしれない。
それともローリエを一枚入れて、臭みを取る調理法を覚えたのか。
どちらにしても、
少し扱いやすくなった気はしている。
対人関係の中で、
自分の小さなプライドに気づくことがある。
特に、自分がどこかで下に見ていた人から
指摘されたときだ。
その瞬間、心の中で反発が生まれる。
「そんなこと言われる筋合いはない」
そんな気持ちが一瞬よぎる。
でも同時に、
「ああ、今いいカッコしようとしたな」
「いらないプライドだな」
そう気づく自分もいる。
プライドそのものは、きっとなくならない。
ただ、それを認知できるかどうか。
それが大事なのだと思う。
気づけば、少し修正できる。
気づかなければ、そのまま反応してしまう。
整理の仕事をしていると、
整えるとは、物を減らすことだと思われがちだ。
しかし本当は違う。
まずは
そこにあることに気づくこと。
そこから整えることが始まる。
人の心も、
案外同じなのかもしれない。
ブルーワーカーの時代が来るとは思っていなかった。
若い頃、世の中にははっきりとした空気があった。
頭を使う仕事が上で、体を使う仕事は下。そんな見えない序列のようなものだ。
特にゴミの仕事は、その中でも下に見られていた感が強かった。
今なら言葉を選ぶ人も多いだろうが、当時は普通に差別のようなものもあった。
子供の頃は、それを強く感じていた。
恥ずかしいというよりは、
相手がどうしても偏見を持ちたがる。
そんな空気を子供ながらに感じ取っていた。
そして後になって知ったのだが、
この仕事をしていることで、子供が学校で嫌な思いをする。
それが理由で仕事を辞めたスタッフもいたと聞く。
それほど、この仕事は世の中から低く見られていた。
これまで映画やドラマでも、
この仕事は「行くところがない人がやる仕事」のように描かれることが少なくなかった。
それに関しては、正直なところ我慢ならない。
社会は必ずゴミを出す。
そしてそれを回収し、分別し、資源として循環させる人がいなければ、
社会は一日たりとも回らない。
つまりこの仕事は、社会の裏方ではあるけれど、
社会を支える基盤の仕事でもある。
最近はAIの話題をよく耳にする。
文章を書き、資料を作り、データを分析する。
これまでエリートと呼ばれてきた仕事の中には、AIに置き換わっていくものも増えていくだろう。
では、現場の仕事はどうだろう。
重たいものを持つ。
現場の状況を見て判断する。
人と話しながら段取りを組む。
こういう仕事は、簡単にはAIに代われない。
ブルーワーカーの時代。
そんな時代が来るとは思っていなかった。
だから私は、この仕事をもっと磨いていきたいと思う。
胸は張る。
だが、威張るのとは違う。
社会の循環を支える仕事を、
静かに、誇りを持って続けていく。