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今日から三月。
息子を高校の卒業式へ送っていった。彼は在校生として参加、校門には晴れ着姿の父母が並び、春の光が少しだけまぶしい。進路がまだ定まらない生徒も多いのだろう、祝賀一色というより、未来へ向かう静かな緊張が漂っていた。
「終わり」と「始まり」が同時に立ち上がる日。
家に戻ると、徒歩1分、実家の母主催のひな祭り的食事会。八段飾りのお雛様が八畳間を堂々と占領している。整然と並ぶ人形たちは、何十年も同じ姿で、しかし毎年違う家族の時間を見守っている。
小林家のグループLINEには、その様子が流れてくる。離れて暮らす娘たちも、同じ春を共有している。
新しいという言葉には、不思議な高揚感がある。四月、新年度、真っさらな計画。まだ何も起きていないのに、可能性だけが膨らんでいる。
けれど考えてみれば、生き物は「新しくなる」ために、死ぬことを組み込まれているという。環境が変化する地球で進化を続けるため、個体は必ず終わりを迎える。終わるからこそ、更新できる。
卒業も同じだ。今の立場が終わるから、次の場所が生まれる。
三月は、その設計図を書き換える時間なのだろう。やり残したことを整え、土台を固める。古いやり方を一度手放し、新しい年度に備える。
終わりも素晴らしく、始まりも素晴らしい。
希望と覚悟。
新しい四月を、ただ待つのではなく、迎えにいく三月でありたい。
コスプレの集団が行き交い、サンタクロースのような風貌の外国のおじさんが、小脇にブラックニッカを抱えて酩酊している。ボトルは半分空だ。
何かを全力で“推す”集団。吊り革を握る腕から覗くハンギョドンの刺青。
刺激が多すぎる。
けれど誰も止めないし、誰も気にしない。それが日常として流れている。
そんな東京で、池袋にて新しいプロジェクトの打ち合わせ。
手応えは悪くない。
0を0.1にするのが一番難しい。
だが0が0.1になった瞬間、それはもう動き出したも同然だ。
今日は体感で50%進んだ。そんな空気だった。
顔を合わせると、情報は立体になる。
ネットでは分からなかったことが、短時間で輪郭を持つ。
その足で、新宿へ。
娘が横浜の店舗から新宿の店舗に異動になったので、そのショップに立ち寄り、昨日茨城でいただいた藁入りの水戸納豆を手渡す。
店内を見渡しても、誰が店長で誰がパートさんか分からない。
年齢でも、服装でも、肩書きでも判断できない。
東京らしいフラットさだ。
そしてもう一つ、東京らしいこと。
いつもネットで見ている商品を、普通に手に取ることができること。
画面越しに「いいな」と思っていたものが、そこにある。
今年はこれを買おう、とリストに入れていたアイテムもあった。
けれど実物は、少し印象が違った。ちょっとギラギラ感が強い。
画面の中では自分にとって完璧だったものが、
手に取ると「うーん、ちょっと違う」となる。
逆に、ノーマークだったものが妙にしっくりくることもある。
やはり、リアルには解像度がある。
人も、物も、プロジェクトも同じだ。
ネットで見ていた姿と、実際に会った時の印象は違う。
今日一日で改めて思った。
0を0.1にするのも、
“欲しい”を“持ちたい”に変えるのも、
結局はリアルの体温が決めるのだと。
東京は毎日がお祭りだ。
だがその祭りの中で、ちゃんと自分の感覚を確かめることができた一日でもあった。
完璧に、ウール素材の衣類は季節感がなくなった。
その境目が今週だったのではないかと感じている。
明日から関東へ出張。
ウールのスーツを着ていく予定だったが、やめた。
たったそれだけのことなのに、装いは意外と繊細だ。
この時期の出張は、着るものに少し悩む。
同じように悩むのが、時計である。
私は時計にかなり入れ込んでいる。
暇な時間の多くは、時計のことを考えている。
自分でもなぜなのか分からないが、やめられない。
きっと時計に自分を投影しているのだと思う。
本当は複数本持っていた方が合理的だ。
靴の色、ベルトのバックル、鞄のジッパー。
それらに合わせて時計を変えられたら、どれほど楽だろう。
だが、ポリシーとして相棒は一本と決めている。
だからこそ、時計のベルトを替える。
同じ時計でも、ダークブラウンのレザーをつければ柔らかくなる。
ブラックにすれば引き締まる。
ステンレスブレスに戻せば、季節と同調する。
時計そのものは変わらない。
けれど、縁取りが変わるだけで、まるで別の人格のようになる。
これが楽しい。
こんなに楽しいことはない。
制限があるからこそ、工夫が生まれる。
一本しかないからこそ、向き合う時間が濃くなる。
どうでもいいポリシーかもしれない。
けれど、こういう小さなこだわりが、自分の輪郭をつくっているのだと思う。
明日はどのベルトで行こうか。
そんなことを考える時間が最高に贅沢だ。
いよいよ2月最終週。
令和7年度も大詰めです。
今年度は、当社にとって「変化」の一年でした。
やり方を見直し、体制を整え、覚悟をもって舵を切ってきました。
その総仕上げのように、いまPDCAが高速で回っています。
そして今週から――
原則、土曜日を休業日とします。
これまではスタッフの交代制で土曜日も営業してきました。
粗大ごみの受付も行い、「土曜日にやってくれて助かるよ」と言ってくださるお客様もいらっしゃいました。
正直に言えば、心苦しさはあります。
けれど、会社を長く続けるために。
働く人が無理なく、誇りを持って働き続けられる体制をつくるために。
ここは避けて通れない決断でした。
働き方改革というと、どこか制度的で、冷たい響きもあります。
でも私たちにとっては違います。
地域をこれからも支え続けるための体制づくり。
その一歩です。
もちろん、すべての土曜日が休みというわけではありません。
年に数回、土曜日営業日も設けています。
詳しくは当社カレンダーをご確認いただければ幸いです。
どうなることやら。
正直、手探りです。
けれど、踏み出さなければ何も変わらない。
走りながら整えていく。
それが今の当社のスタイルです。
3月という節目を前に、
会社もまた一つ、形を変えます。
小さな変更かもしれません。
でも、その裏には「続ける」という大きな意志があります。
ご理解いただけましたら幸いです。
そしてこれからも、どうぞよろしくお願いいたします。
白鳥がソワソワし始めた。
いよいよ北帰行の季節だ。
空を見上げながら、ふと思い出したことがある。
今から十数年前、ある不動産屋さんの社長に声をかけていただいた。
「遺品整理、やってみないか?」
当時の私は、廃棄物の収集運搬が主軸。
遺品整理という言葉も、今ほど一般的ではなかった。
正直に言えば、不安もあった。
けれど、その一言がきっかけで、私は一歩を踏み出した。
その社長が開発し、命名した分譲地の名前に
「北帰行」という言葉が入っていたことを、いまになって思い出す。
北へ帰る白鳥のように、
それぞれが次の場所へ向かう。
人もまた、役目を終えれば場所を移し、
世代が変わり、景色が変わる。
その会社は、もうない。
社長も、いまは第一線にはいない。
けれど、あの時の一言は、
私の会社の中で生き続けている。
いま、遺品整理事業は、当社の柱の一つだ。
誰かの人生の終わりに立ち会い、
家族の次の一歩を支える仕事。
単なる「片付け」ではない。
想いを受け取り、次へ渡す仕事だ。
出会いから、ビジネスが生まれることがある。
でもきっとそれ以上に、
出会いから、自分の役目が見えてくることがある。
十数年前のあの日、
もし声をかけてもらっていなければ。
いまの私は、いまの会社は、
少し違う景色を見ていたかもしれない。
白鳥が北へ帰る空を見ながら、
あの社長のことを思い出す。
人は去っても、
言葉は残る。
そして、その言葉が
誰かの未来をつくることもある。
北帰行の季節に、そんなことを思った。