誰が主役なのか
2026/08/30友人から、「ぜひ見てほしい」と仙台育英高校野球部・須江航監督のインタビュー動画が送られてきた。
何本かある動画を見ながら、やはり印象に残ったのは、須江監督自身が高校時代、いわゆる「ヒーロー」ではなかったということだ。
仙台育英高校の野球部に所属していたものの、選手として華々しく活躍したわけではない。途中から学生コーチとなり、グラウンドの中だけではなく、外側からチームを見る経験をしている。
この経験が、今の須江監督の考え方にとても大きく影響しているように思った。
それは、
「誰が主役なのか」
ということだ。
監督が主役ではない。
試合に出ているレギュラーだけが主役でもない。
そこにいる選手一人ひとりが主役であり、監督は、その選手たちが力を発揮できる環境をつくる人なのだと思う。
もし自分がずっとヒーローだったなら、ヒーローから見える景色しか知らなかったかもしれない。
でも、試合に出られない側にいたからこそ、ベンチの外にいる人の気持ちがわかる。スポットライトが当たらない場所にも、それぞれの努力や葛藤があることを知っている。
だからこそ、チームをつくるときにも、まず「誰が主役なのか」を間違えないのだろう。
これは会社も同じなのかもしれない。
社長が主役ではない。
管理職が主役でもない。
働いている一人ひとりが、それぞれの持ち場で力を発揮できるようにする。その舞台を整えることが、経営者の仕事なのだと思う。
そして、その仕事の先にはお客様がいる。
経営者が舞台を整え、社員が力を発揮し、その仕事によってお客様に価値が届く。
そう考えると、組織の中での自分の役割も少し違って見えてくる。
リーダーになると、いつの間にか自分が中心になってしまうことがある。
自分が決め、自分が指示し、自分が引っ張る。
もちろん、それが必要な場面もある。
でも、本当に強い組織をつくろうとするなら、
「自分が主役にならなくてもいい」
と思えることが、リーダーには必要なのかもしれない。
須江監督の話を聞きながら、そんなことを考えた。
ヒーローではなかった人だからこそ、見える景色がある。
そして、その景色を知っている人だからこそ、本当の主役を間違えない。
友人がこの動画を送ってくれた意味が、少しわかったような気がした。

