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聞かれていることに答える。
当たり前のことのようだが、これが案外難しい。
もちろん、何を聞かれているのか分からない時もある。あえて別の角度から話をすることもある。けれど、一番多いのは別の理由かもしれない。
自分の中にある「こうあるべき」という観念。
あるいは、自分を守りたいという気持ち。
そんなものが先に立つと、相手の質問よりも、自分の言いたいことの方が前に出てしまう。
「できますか?」
と聞かれているのに、
「いや、でも事情があって…」
と答えてしまう。
「どう思いますか?」
と聞かれているのに、
「実はあの時は…」
と説明を始めてしまう。
相手が求めているのは、まず答えなのに。
もちろん、背景や事情も大切だ。誤解を解きたい気持ちも分かる。私自身、そういう場面は少なくない。
しかし、聞かれていることに答えずに説明だけを重ねると、会話は少しずつずれていく。
そして話はこじれる。
社員との面談でも、家族との会話でも、お客様との打ち合わせでも同じだ。
まずは聞かれていることに答える。
説明はその後でいい。
最近、そんな当たり前のことを改めて意識している。
歳を重ねると、知識も経験も増える。けれど、その分だけ自分の考えに固執する危険も増えるのかもしれない。
だからこそ、ときどき立ち止まって確認したい。
私は今、相手の問いに答えているだろうか。
それとも、自分を守ることに夢中になっているだろうか。
会話が噛み合うかどうかは、案外そんな小さなところで決まるのだと思う。
最近、Netflixで配信されている古畑任三郎にハマっている。
大学生の頃に夢中になって観ていたドラマだ。当時はもちろん、事件そのものが面白かった。どうやって犯人を追い詰めるのか、どこにほころびがあるのか。そんなことばかり考えながら観ていた。
ところが50歳を前にして改めて観ると、気になるものが違う。
犯人ではない。
時計である。
車である。
シャツである。
パンツである。
我ながら少々困ったものだ。
例えば、中森明菜さん演じる犯人が乗るポルシェ。近寄りがたい美しさと、自分の世界を持つ強さが感じられる。
堺正章さんのジャガーは、成功者らしい品格と少し高めのプライドが見え隠れする。
古手川祐子さんのBMWは、自立した大人の女性そのものだ。
笑福亭鶴瓶師匠はボルボに乗り、腕にはオリスのビッグクラウン・ポインターデイト。派手さはないが知的で堅実。推理小説家という役柄に妙にしっくりくる。
木の実ナナさんのフェラーリは、その存在感ごと役柄を語っているようだった。
もちろんドラマなのだが、車ひとつで人物像が伝わってくる。
そして古畑本人。
タグ・ホイヤーのセナモデルを革ベルトで着け、金色の自転車で現場に現れる。
普通の刑事なら違和感しかない。
しかし古畑だとなぜか成立してしまう。
バンドカラーシャツにサスペンダー。驚くほどハイウエストなスラックス。生地は豊かにドレープし、歩くたびに美しく揺れる。
今の流行にも通じるシルエットだが、どこか違う。
おそらく生地そのものが良いのだ。
まだ円が強く、日本に勢いが残っていた時代。良いものを長く使うという価値観も今より身近だったのかもしれない。
大学生の頃にはまったく見えていなかった世界である。
若い頃は物語を追う。
年齢を重ねると、その人が何を選び、何を身につけて生きているのかが気になる。
家財整理の現場でも同じだ。
残された時計や本棚、万年筆や車の趣味から、その人の人生を想像することがある。
どうやら私は、ドラマを観ていても同じことをしているらしい。
犯人を推理するより、その人がなぜジャガーを選んだのかを考えている。
少々職業病かもしれない。
そして思う。
今の時代のドラマでは、なかなかこんなことはできないだろう。
車種ひとつで人物像を語ることも難しい。時計や服装も、以前ほど雄弁ではなくなったように感じる。
けれど古畑の世界には、それが自然に存在していた。
時計も、車も、服も、単なる小道具ではない。
その人の人生や価値観を語る脇役だったのである。
私はもう犯人を追っているのではない。
あの時代の大人たちが纏っていた空気を、もう一度見ているのだ。
晴れ男とか雨男とかいうのがある。
科学的な根拠はないのだろうけれど、不思議と雨が避けて行くような人もいるし、大事な日に限って雨を呼んでしまう人もいる。
昨日、会社が所在している鶴岡東工業団地のクリーン作戦が行われた。
実は令和8年度から、鶴岡東工業団地連絡協議会の会長を仰せつかっている。
新体制になって最初のイベント。
ところが雨だった。
前日も今日も晴れなのに、なぜかその日だけ雨。
思わず「もしかして俺、雨男だったのか」と苦笑いしてしまった。
参加してくださる皆さんのことを考えると、心の中で「ごめん」と呟く。
もちろん雨が降ったのは私のせいではない。
それでも何か役を引き受けると、自分ではどうにもできないことまで気になってしまうものだ。
それでも雨の中、多くの方に参加していただき、無事にクリーン作戦を終えることができた。
まあ、雨もまたよし。
会社のツバメたちが無事に巣立った。
とはいえ、まだ遠くへ旅立ったわけではなく、日中は会社の周辺を元気に飛び回っている。巣は空っぽになったが、空を見上げると若いツバメたちが風を切りながら飛ぶ姿が見える。
先日、一羽のツバメが私の頭上すれすれをスーッと飛んでいった。
もちろん偶然なのだろうが、
「飛べるようになったよ」
と報告しに来たように見えた。
数週間前まで、巣の中で親鳥を待っていた小さな命である。それが今では自由に空を飛び回っているのだから大したものだ。
一方、自宅の中庭では小鳥が子育ての真っ最中だ。
毎日見ているはずなのに、いつの間にか木の枝に巣が作られていた。どこから材料を集めてきたのか、いつ完成したのかも分からない。人間が気づかないうちに、着々と準備を進めていたらしい。
そして気づけば、ひなが生まれていた。
そして庭の中を低く飛び回る。
ゴルフボールより一回り小さいくらいの体なのに、翼はしっかり鶯色で胸は真っ白。まだ頼りなさそうに見えるが、その小さな体にはちゃんと鳥の形ができあがっている。
とにかくかわいい。
巣から出ても親鳥は忙しそうに何やら世話を焼き、ひなたちは賑やかに鳴いている。その声の賑やかな事。
会社ではツバメが巣立ち、自宅では小鳥が育っている。
昔から、鳥が巣を作る家には福が来るとか、良い知らせの前触れだとか言われる。
鶯が巣を作ったのはこの20年で初めてだ。
だから私は、もちろん吉兆の知らせだと信じている。
朝から息子が落ち着かない様子だ。今日は英検準一級の試験日である。
これまで、キッチンタイマーで時間を測りながら机に向かう姿を何度も見てきた。問題集を開き、単語を覚え、英作文を書いては見直す。その積み重ねの先にあるのが今日なのだろう。
私は試験会場までの送迎を頼まれた。
車に乗り込んだ息子は、何やらびっしり書き込まれたノートを見返している。聞けば英作文についてまとめたものだという。
英作文にはポイントがあるらしい。
①主張が明確であること
②理由が二つあること
③最後に主張を別の言い方で結論づけること
なるほどと思った。
特に私が気に入ったのは「理由が二つあること」だった。
一つだけではなく、もう一つ。
そういえば私は映画や小説でも、そういう仕掛けが好きだ。
何気ないセリフに別の意味が隠れていたり、登場人物の行動に実はもう一つの意図があったりする。初めて見た時には気づかないのだが、後になって「ああ、そういうことだったのか」と分かった瞬間、思わずニヤッとしてしまう。
人の言葉も同じかもしれない。
厳しい言葉の奥に優しさがあったり、ぶっきらぼうな態度の裏に照れくささがあったりする。
物事には、一つだけではなく、もう一つの理由が隠れていることがある。
理由が一つしか見えない時は、もう一つ探してみる。
そんな見方ができると、世の中は少しだけ面白くなるのかもしれない。
服装は自由なのに、なぜか制服で試験会場へ向かった息子。
理由は分からない。
けれど、その姿を見て「ああ、本気なんだな」と思った。
英作文の理由は二つ必要らしいが、この制服の理由は一つで十分だったような気がする。