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今日は、娘がお世話になるかもしれない高校の学校説明会に参加してきた。
特に心に残ったのが、「レガッタとラフティング」で語られた社会の変化だ。
これまでの社会はレガッタのように、後ろを向いて指示を受け、その通りに漕げばよかった。
決められたことをきちんとやる——それが求められた時代である。
しかし、これからはラフティングの時代だという。
前を見て流れを判断し、声を掛け合って、自分からパドルを差し込まなければ船は進まない。
指示を待っているだけでは、激流に飲まれてしまう時代だ。
子どもたちが進むのは、この“行動の時代”である。
企業も大人も、レガッタの価値観ではもう通用しない。
流れに合わせて自ら動く者だけが次のステージに進み、そうでなければ消耗していく。
流れが速すぎるのだ。
この変化に合わせて、自ら判断し、挑んでいける企業や人だけが残る。
対応できなければ、すり減り、姿を消してしまう。
世の中の「光」と「影」の濃淡が、いっそうくっきりと浮かび上がる時代である。
だからこそ、前を向いて漕ぐしかない。そうビジョンがより一層大切なのだ。そう先生は言いたかったのだろう。
こんな話を聞きながら、中学生にどこまで本筋が伝わったかは正直わからない。
けれど、私は素直に「ここなら娘を預けてもいいな」と感じていた。
今日は財務戦略のセミナーに参加した。
数字の話もさることながら、後半にあった「銀行との正しいお付き合いの仕方」が、なんとも胸に残った。
会社の経営を左右する大事なテーマなのに、これには決まった虎の巻がない。
私はこれまで、先輩経営者の背中を追い、そして先代である父の振る舞いから学んできた。
その経験則の寄せ集めで、なんとかここまでやってきたような気がする。
ところが今日の講義を聞きながら、ふと安心した瞬間があった。
あの頃教えてもらった感覚は、どうやらそう間違ってはいなかったらしい。
経験則の影には、ちゃんとした理屈と、銀行側の立場が存在していたのだと知り、少し肩の力が抜けた。
ただ、ここで具体的な内容を書くことは控えておこうと思う。
銀行とのお付き合いは、会社の状況や規模、経営者の覚悟によってまるで違う。
ひとつの正解を書いたところで、それが誰かの足を引っ張る可能性だってある。
だからこそ、自分の胸の内にそっとしまっておくほうがいいのかもしれない。
ひとつ確かだと思ったのは、銀行というのは「晴れの日に傘を貸す商売」だということ。
それは良い悪いではなく、当たり前の姿だ。
だからこちらも、誠意を持って向き合い、相手を知ろうとすることが欠かせない。
どんな未来を描いていて、どこに向かおうとしているのか。
数字と姿勢で示し、正しく理解してもらう努力を続けるしかない。
結局のところ、経営とは“誠意と理解”の積み重ねなのだと思う。
父から受け取った教えも、今日の学びも、すべてそこに行き着く。
そんなことを胸の中で反芻しながら、ゆっくりと帰路についた。
本日はお隣の酒田市で遺品整理の現場作業。
久しぶりに一日びっちりとスタッフと一緒に汗を流しました。
「この寒いのに汗?」と思われるかもしれませんが、外仕事は防寒具が必須。
動き回れば、たちまち体があたたまり、汗ばんでくるのです。
今日は二階に取り付けられたエアコンの取り外しがあり、久々に工具を握りました。
昔取った杵柄というやつで、電気工事士の資格が、こういうときに生きてくる。
現場に出ると、不思議と体が覚えているもので、手が自然に動きます。
遺品整理の現場では、さまざまな“モノ”との出会いがあります。
今日、ふと目に留まったのは、化粧箱にずっとしまわれていた民芸品のお人形。
三歳くらいの子どもをかたどった、素朴であたたかい表情のお人形でした。
おそらく四十年ほど、そのまま箱の中で保管されていたのだろうと思います。
モノは言葉を話しません。
けれど、確かに時間と気持ちを宿しているように思います。
役目を終えたのか、まだ果たせていないのか。
ただ、そこに“在り続ける”ことにも、意味があるのかもしれません。
ふと、「外の世界を見せてあげたいな」と思いました。
お節介かもしれませんが、箱からそっと出して、窓際に置いてみました。
冬の光を浴びながら、外をじっと眺めている姿が、とても静かで、やさしかった。
慰めになったのかどうかは、わかりません。
けれど、その姿を見ていたら、
「人もモノも、誰かに必要とされてこそ、息を吹き返すのだな」と、そんなことを思いました。
遺品整理は、モノを捨てる仕事ではない。
そこにあった暮らしに手を添え、次の居場所へとつなぐ仕事です。
今日もひとつの家から、季節がひとつ流れていきました。
これまで金沢へは車で行くことが多かった。自分で運転して、距離を走りきる達成感はある。でも今回は、あえて電車を選んだ。
あつみ温泉駅から「いなほ」に乗って新潟へ。そこから「しらゆき」で越後妙高へ。同じ型の車両だけれど、景色は少しずつ変わっていく。海沿いの光から、少しだけ雪をかぶった山の影へ。座っているだけで土地が移り変わっていくのが、なんだか心地よかった。
越後妙高で「はくたか」に乗り換える。初めての北陸新幹線、席に落ち着いたところで車内チャイムが流れた。谷村新司さんの「北陸ロマン」のとってもオリエンタルなメロディーが流れ、すっと旅の気分に入っていける。
一応、移動中に仕事でもしようかとパソコンを持ってきていた。でも、窓の外を眺めていたら、そんな気持ちはどこかへ消えた。せっかくの鉄道旅だし、何もしない時間も悪くない。コーヒーを飲み飲み、結局、パソコンは最後まで鞄から出さなかった。
金沢に着いたとき、車で500km移動するのとは違った、軽やかさがあった。
今日のブログは、先日参加した
日本進路指導推進協議会 会長・山口和士氏の進路講演会について。
正直なところ、何の催しかも分からなかったのだけれど
「進路担当は父だから」と、妻に勧められて行っただけで、
講師のお名前も知らなかった。
会場で目にした山口氏は、
ふくよかで、柔らかい表情をした初老の男性だった。
白髪まじりの髪、優しげな眼差し。
まさに『スラムダンク』の安西先生のような雰囲気だな、と。
「これは静かな講演になるのかな」と正直期待していなかった(今のトレンド知らないでしょう)。
講演が始まるまでは。
話を聴き始めてすぐにわかった。
この人は「言葉で動かす人」ではなく、
生き方そのものが言葉になっている人だということ。
山口氏は、小学二年生の頃、先生からの叱責をきっかけに
声が出なくなったそうだ。
そのまま高校生になるまで、ほとんど声を発しないまま過ごしたという。
しかしある日、
当時ノーベル賞を受賞した湯川秀樹氏に手紙を書いた。
すると、返事が来た。
そして、湯川氏が「会いにおいで」と言ってくれた。
その出会いによって、
失われていた声は、少しずつ戻っていった。
山口氏は言った。
「人は、誰かのまなざしに救われることがある」
その言葉は、派手でもなく、声高でもなく、
ただ、静かに胸に落ちていった。
さらに続けてこうも言う。
「親は、子どもの前に立たなくていい。隣にいればいい」
導こうとしすぎると、
子どもは自分の足で立つ機会を奪われてしまう。
心配で口を出す。
正しくあろうとして説明しすぎる。
でも本当に必要なのは、
「戻れる場所がある」という安心感なのだと。
その話を聞きながら、
家族にも、会社にも、同じことが言えるなと思った。
焦らせるのではなく、
比べるのではなく、
ただ、信じて待つ。
あきらめず、急がず、静かに見守る。
素晴らしい。息子も同じ講演を聞いた。