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我々の仕事は重い物を持つことが多い。
だから、腰を入れて持つ。足を開き、重心を落として、呼吸を整えてから持ち上げる。
持ち方にはコツがあるのだ。
これは経験で覚える。
ところが今日、重いと思って構えて持ったコピー用紙の箱が、実は空箱だった。
その瞬間、グキッと腰に来た。
重い物で痛めるならまだ納得がいく。
しかし空箱でやられるとは、なんとも締まらない話である。
人は「重いはずだ」と思うと体を固める。
ところが現実が軽いと、その力の行き場がなくなるらしい。
仕事も似ている気がする。
これは大変だ、と覚悟していた仕事は案外うまくいく。
たいしたことはないだろう、と油断した仕事ほど後から効いてくる。
空箱にも気をつけろ、である。
とはいえ今日は理屈より先に、まず腰を温めようと思う。
現場の教訓は、だいたい体で覚えるものだから。
私はこだわりの強い方だ。
でも最近つくづく思うのは、
「こだわっているうちは半人前だったな」ということだ。
こだわる分だけ、余計な何かがぶら下がっている。
つまり足かせのようなものだったのだと思う。
だから、こだわりは捨てる物だと頭では分かっていたのに、行動は伴っていなかった。
では何にそんなにこだわっていたのか。
たぶん、ネイキッドな自分を信頼していなかったのだと思う。
自分を隠し、理想の自分を演じるための「こだわり」だったのかもしれない。
こだわりを捨てると、不思議なことが起きる。
身軽になる、という程度の話ではない。
人生が好転し始める。
あれだけこだわっていた物が、随分つまらないものに見えてくる。
これは吉兆の知らせだ。
昨年から不眠に悩まされていました。
初めはドラッグストアで薬を買う。
→効果が感じられない。
医者に行って薬を服用。頓服は確かに眠れるのだけれど、全身麻酔の後のような、口が乾いて、味覚がおかしくなって、気分が悪い。
これはいかん。
ということで薬は軽い物に変更。すると今度はなかなか寝つけない。これは困った。
そこで本を読んだり、ツボを押したり、いろいろ試しました。最近では午後はカフェインレスにもしています。
それでも難しい日もあった。
そんな時の対処法はさまざまあるとは思いますが、今のところ私の最善策はこれです。
歌を歌う。
正確には「口ずさむ」でしょうか。
セルフ子守唄です。
声に出してゆっくり歌っていると、不思議と呼吸が整ってきます。考え事も少しずつほどけていく。そして気がつくと、いつの間にか眠っている。
誰に教わったわけでもないのですが、これは効きます。
眠れない夜に無理に眠ろうとするより、自分で自分を寝かしつけるような感覚。
大人になってからの子守唄も、なかなか悪くないものです。
お試しあれ。
やはり夜明けが早くなってきた。
何が違うかというと、布団の中で聴く鳥の囀りだ。
なんの鳥かは分からないのだが、いろんな種類の声が重なって聞こえてくる。
そのうち田んぼに水が張られれば、餌を求めてカモメも山を越えて行く。
この季節だけ空の高いところから聞こえてくる、あの涼しげな鳴き声が私はとても好きだ。
しかもカモメというのは、意外と長生きらしい。
あの声で、毎年こうして春を知らせに来てくれているのかと思うと、なんだか親しみが湧いてくる。
会社のテラスでは、今年もツバメが巣作りの真っ最中だ。
毎年のこととはいえ、ちゃんと帰ってくるのだからたいしたものだと思う。
冬の間、いったい何を食べて生き延びてきたのだろう。
雪も風もあったはずなのに、何事もなかったように春を始めている。
野生の鳥たちは偉いなあ、と素直に感心してしまう。
そんな声を布団の中で聞きながら、
俺もがんばろっと、と思う朝である。
最近、妻がよく体重計に乗っている。
どうやらダイエットを頑張っているようだ。
朝だったり夜だったり、気がつくと静かに体重計に乗っている。以前はそれほど気にしている様子もなかった気がするので、きっと今は少し違うのだろう。
人は気になっていない時には、あまり体重計には乗らないものだと思う。というより、現実を見たくない時には乗らない。
数字は正直だからだ。
けれど毎日のように乗っているということは、昨日より軽くなっているかもしれないと、どこかで期待しているのだろう。
その様子を見ていて、気になるというのは大切なことだなと思った。
気になるから動くし、気になるから続く。
もちろん行き過ぎは禁物だけれど、人生には案外こういう「ちょっと気になる」が必要なのかもしれない。
ちなみに私は、痩せてから体重計に乗る回数が増えた人間である。
やはり人は、現実が少し優しくなった時ほど、それを確かめたくなるものらしい。